【ロンドン子育て・浅見実花のちょっと立ち止まって Vol.3】「大きくなったら何になるの?きみの場合、私の場合」

【第3回】現在ロンドンで3人の子ども(9歳,9歳,6歳)を育てるライターの浅見実花さん。東京とロンドンの異なる育児環境で子育ての「なぜ?」にぶつかってきた彼女にとって、大切なことは日々のふとした瞬間にあるのだそうです。まずはちょっと立ち止まって、自分なりに考えること。心の声に耳を澄ましてあげること。そういう「ちょっと」をやめないこと。この連載では、そうしてすくい取られたロンドンでの気づきや発見、日本とはまた別の視点やアプローチについて、浅見さんがざっくばらんに&真心を込めて綴っていきます。

第3回はよく耳にするこの質問「大きくなったら何になるの?」を立ち止まって考えます。  

 

あるとき来客があって、お客さんが当時5歳の息子に質問しました。

「ぼく、大きくなったら何になるの?」

そこで5歳児は応えました。

「ウエイター、あと電車の運転手」

「そっか、そっか」

男性はにっこりと微笑みました。そして息子が別の部屋へ駆けていくと、私に向かって苦笑しながらこう言いました。

「いやあ、本当になられたら困っちゃうよね」

困っちゃう? 私はおやっと思いました。どのあたりが「困っちゃう」のか……じゃあ何だったら「困らない」のか……「困る」と「困らない」の境界線はどこらへんにあるのか……親戚にも知り合いにも運転手さんいるけどなあ……。というか、ウエイターと運転手に失礼でしょう? 思わず考え込んでしまいました。

「大きくなったら何なるの?」 この質問の周辺で、われわれは何を期待しているんでしょうね。

王立自然公園に望遠鏡が置いてありました。何が見えるかな。

 

親としてどんなモノサシを持つのか

私はあらためてお客さんを眺めました。中年の日本人男性で、とにかく気さくで社交的、面倒見のよいかたです。ご自身は、幼少期から日本の有名私立校で育てられ、現在のお仕事は大企業の駐在トップ。お子さんはイギリスで超のつく名門校に通っている。絵に描いたような駐在エリートという。

そうか、と思いました。お客さんの育った環境をできるかぎり想像するに、まあ先のような発言もわからなくはないわけです。ただあまりにも率直で、悪気だってたぶんなかった。おそらく彼は、自分と異なるタイプの職業や肩書きを持つ人に関心がないのでしょう。もしかしたら、ある種の「想像力」が失われてしまったのかもしれません。世の中にはいろいろな人がいて、ひとりひとりが日々その生を前へ前へと転がしているのだろうと想像する能力が。

くわえて、子どもの将来に関しての「成功」イメージがはっきりしている。おそらく頭の中には揺るぎない職業的ランクというかヒエラルキーがあって、その上位、上位へ食い込んでいくことが人生の「成功」とセットになっている。きっとそういうモノサシで、世界と自分の位置関係を測っている。そしてそれは彼にとって正しいモノサシなんでしょう。

さっき私がおやっと思ったのは、自分のモノサシが彼のものとはすこし違っていたからです。つまるところ、将来の職業にかんしては本人の好きなようにやるしかないと思っているので。

 

あこがれの機関車に乗せてもらった日。

 

「なんて生ぬるいんだ! そんなにゆるくちゃ、はげしい競争に勝てないよ」

そうかもしれません。競争にドライブされた社会というのは現実的にはやっぱりあって。人びとがつねに何かに追い立てられて、あちこちで鼻を鳴らして走り回っているような。

いっぽうで、いまから20年後、30年後はどうなんでしょう。子どもたちが社会へ羽ばたくその時代、いまの社会と同じ論理がどこまで通用するものか、私には見当もつきません。20年後の世界では、いったい何が「成功」で何が「勝ち」になるんだろう? 正確に未来を予測するのは、たとえ世界中の天才学者を集めても、ローマ法王やダライ・ラマに懇願しても不可能な仕事です。

これから時代は加速的に変わっていくと言われています。そこでは現在の「当たり前」がつぎつぎに塗り替えられていくのだ、と。そう思うと20年後、30年後の世界における「成功」が、いまの「成功」と変わらないという見立て、 未来へ向かう子どもたちの価値観を旧来の職業ランクに擦り合わせていくことが、そんなに重要だったっけ、と。

いわゆる自動化・機械化がいまよりずっと当たり前になったとき、ウエイターがあらたな価値の提供者に変身する可能性だって、あるのかもしれないし。そもそも人との「競争に勝つ」という考え自体、古くさいものになっている可能性すらあるのかも……。

お友達のお父さんにお酒を注ぐ小さな「ウエイター」

 

「子供が興味をもったのはなぜ?」に目を向ける

「大きくなったら何になるの?」

この質問で思うのは、子どもがどうしてそれに興味を持ったのか、その出どころに目を向けてみたらどうだろう? ということです。たとえば、息子がウエイターに興味を持ったのは、いったいどういうわけなのか。

彼の場合、きっかけは食堂での体験でした。大人たちにそそのかされ、ナプキンを腕にかけ、ワインボトルを持ちながらまわりの大人にお酒を注いで回ったこと、あたらしく出会った人をもてなすことが、自分の喜びにつながった。どうやら彼はそんな体験をしたようです。

「ウエイターごっこ」をさせてもらったリスボンの人気食堂。
 

そうやってパッと出てきた興味ワード(ウエイター)から、興味のもと(だれかをもてなす喜び)を掘ってみる。すると今度は、そこを起点に活動や領域が広がっていく可能性が生まれてくるかもしれません。

たとえばクラスに転校生がやってきたとき、最初に声をかけるのはだいたい彼のようですが、もし学校が転校生や新入生に案内役を置くとしたら、息子はきっと喜び勇んで働くだろうと思います。

未来はやっぱり楽しみにしていたい

 

いまの子どもたちが働き盛りになる20年後、30年後。そこには私たちの予想を超えた職業風景が広がっているのでしょう。どんな未来がくるのかはだれにもわからないけれど、いまとは違うものになる。そのことだけはわかっている。だったら、現在の職種なり枠組みなりに照準を合わせるというより、その子なりの興味のもと、それも強烈なやつに目を向けて支援するのもいいのかもしれないと思いました。あくまでも私の場合。

ともあれ。これから世界はどうなって、どんな景色が見えるのか。子どもといっしょにわくわくしていられたらーーー未来はやっぱり見えないけれど、だからこそ楽しみにしたいです。

望遠鏡の先はセント・ポール大聖堂でした。焼失を繰り返し、時を超えて生き続けるロンドンのアイコン。
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浅見実花(あさみ みか)
大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)。現在、在英9年目。3児の母(9歳、9歳、6歳)。

 

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