世界は色に満ちている
森 絵都
今年度の選考会で強い支持を集めた『あの空の色がほしい』は、画家でもある作者の蟹江杏
さんが描く美しい絵のように、この世界はけっして単色で成り立っているわけではないことを
私たちに教えてくれる。
主人公のマコは絵を描くのが大好きで、小学四年生の春、近所の風変わりな家に住む芸術家
の吉本太に弟子入りをする。マコの目に〈涙が出るほどきれい〉な絵や彫刻を生みだす太は、
だが、近所の人々やクラスメイトたちの目には、ただの変人としか映らない。さらに、彼の息
子から見た太は、創作のみに生き甲斐を求めて家庭を破綻させた身勝手な父親だ。そのどれが
真実か──ではなく、どれもが真実であればこその立体的な吉本太がそこにいる。
角度によって異なる顔。一つのカラーではくくれないもの。それを作者はまっすぐに見つめ、
丹念に、正直に掬いあげていく。つまり、とても誠実に人間と向き合っている。そこに本書
最大の魅力があると私は思う。
ものをつくる。そのすばらしさと危うさを描出した本書は、同時に、三年間にわたるマコの心
の変化を追った成長物語でもある。小四のマコは好奇心あふれる活発な女の子で、人と同じこ
とをするのが苦手、学校のロッカーでヘビを飼ったりする自由人でもある。しかし、心のどこ
かに周囲と同色に染まれない疎外感があり、ある事件をきっかけに、学校で浮くのが怖くなる。
仲間外れにされたくない──次第にマコは自分を抑え、まわりの子たちの「普通」に合わせる
ようになる。それは一つの学習にはちがいないけれど、本人にとっては息苦しい。本当の自分
でいられないつらさ。そこから彼女を解き放ったのが絵による自己表現だ。ただただ絵が好き
だった少女が、絵によって自分を救う術を身につけていくのである。
そんなマコの格闘を大きな心で見守る両親の姿も胸を打つ。「マコは天才」と信じて疑わな
い父親に、悩めるマコにそっと寄りそう母親。とりわけ、怒りと悲しみを抑えきれず上級生に
暴力をふるってしまったマコに、母親が「伝えること、表現することをあきらめないでほしい」
と静かに語りかけるシーンは感動的だ。
明るくあたたかいエピソードが数ある一方で、本書には痛ましい死も深く刻まれている。マ
コが乗りこえなければならない試練。破壊と再生。そのすべてが鮮烈に迫ってくるのは、それ
が作者にとって真に切実な──小説を書くためにつくりあげたわけではない──テーマであったか
らだろう。
作者はあとがきで有用性ばかりを追いかける風潮への違和感を述べているけれど、願わくば、
読者にはこの本から「ためになること」を読みとろうとするのではなく、マコが体当たりで
体験したことを、まっさらな心でともに体験し、世界を彩る豊かな色に触れていただきたい。