ぴっかぴか絵本シリーズ初の、落語絵本『月(げっ)きゅうでん』。
古典落語『月宮殿星の都』をアレンジして、もとの落語にはない場面も盛り込んでいます。
その創作秘話を、絵を担当したスズキコージさん(写真左)と、文を担当した落語家の桂文我さん(写真右)のお二人に伺いました。
■目に見えないものを見えるようにするのが、僕の職業だと思っています(コージ)
――お二人が最初に出会ったのは5年くらい前ということですが、最初の印象は?
コージ 文我さんのイメージは、熱い活火山。
文我 あれ、そうですか。わりとおとなしい活火山かもしれませんが(笑)。
コージ いやいや、マグマの塊のような、ふつふつと熱い思いをお持ちの方だと思いましたよ。
文我 それを言ったら僕も、コージさんがライブペインティングをしているところを見せてもらったことがあるんですが、オーラがすごかった。描いてはる背中は実に自然体で楽しげで、でも絵からあふれるエネルギーはとても強い。その秘密はどこにあるのか、いっぺんお聞きしてみたいと思っていたんです。
コージ 自分ではよくわからないですね。うーん、例えば、熱いものとひんやりしたもの、男性的な部分と女性的な部分、みたいに、対極にあるものが自分の中にどんどん入ってきたり生まれたりして、それが創作するときにぶつかって湧き出してくる、というようなイメージなのかな。
見てくれる人や子ども達が楽しんでくれたら嬉しいですけど。
――今回のミニ絵本のもとになったのは、『月宮殿星の都』という古典落語だそうですが。
文我 林家蘭丸という落語家が、江戸時代末期にこしらえたといわれているお話です。上へ上へと抜けるウナギをつかもうとして、天に昇った男が、カミナリの五郎蔵の世話になって天を見物して回る、という筋は、だいたい同じなんですけどね。
コージさんに絵をつけてもらうなら、ということで、だいぶアレンジを加えました。音楽を鳴らしたり、踊りのシーンなんかが入ってるといいね、という話も最初に出たもんですから。
コージ そうそう。文我さんのテキストを最初に読んだときから、奇想天外で大変にバカバカしい物語で楽しかったですね。
へそおどりのシーンは特に独特の文句がおもしろくて。ちょうど、家で梅干しを干していた時期だったのですが、ぷくっとした梅干しがカミナリたちがほしがるへそのようにも思えてきて(笑)おかしかったですよ。イメージがつかめたから、絵はけっこう早く描けちゃった。
―――今回の舞台は「月宮殿」という、誰も見たことがない天上の世界。イメージが人それぞれ違うものを、みんなが「これだよね」と納得するような絵に仕上げる難しさはありましたか?
コージ 目に見えないものを見えるようにするのが、僕の職業だと思っていますから。いろいろな体験が僕の中にあって、絵を描くときはそれが現れてくるんだと思います。
メキシコやらハンガリーやら、海外をあちこち旅して、地元民と交流したり、見たり聞いたり飲んだり歌ったり、要するに遊び人なのね(笑)。
文我 この月宮殿の着想はどこからイメージされたんでしょうか? 実に楽しげなワンダーランドの世界を絵にしていただいて、僕も、あぁそうなのよ、月宮殿てこうなのよって思ったわけですが。
コージ いろいろあるんですが、フランスにある「シュヴァルの理想宮」という建築が、パッと頭に浮かびましてね。石に魅了された郵便配達員が、長年かけて1人でコツコツと石を積み上げてつくったすばらしい建物なんです。
あとは、昔の『ノンちゃん雲に乗る』という映画で、そこに出てくる雲の上のシーン。徳川夢声さんがおじいちゃん役で出てくるわけですが、何とも言えず独特のおかしみがあってよかった。
それから、子ども達が海辺の砂遊びでつくる砂の城とか、海に潜ったときに見た珊瑚礁の畑とか、もういろいろが混ざり合って、僕なりの「天上の理想宮」を表現してみた、というところでしょうか。
文我 いろいろな体験談を伺うと、コージさんという人はすごい芳醇なる「ぬか床」のような気がします(笑)。
ぬか床には、ぬかだけじゃなくて、釘が入っていたりミカンの皮が入っていたり、とにかくいろいろなものが入っていて、そこに例えば茄子をポンと入れると、それはそれはおいしい茄子の漬け物になって出てきて、みんながそれを喜ぶ、みたいな感じじゃないかと思いました。
■落語と落語絵本は別物、絵で自由に世界を動かしてもらうのがいいんです(文我)
―――文我さんは、落語絵本を何冊か書いてらっしゃいますが、落語の口演との違いはありますか?
文我 ありますね。「落語」と「落語絵本」は、まったく別物です。高座でやる「落語」は、言葉でお客さんの頭の中に漠然と絵を描くんですが、「落語絵本」は言葉で埋めないように気を付けています。言葉が不親切なくらいが丁度良い。そのほうが、子ども達が読んだときに、言葉ではなく絵が動いて見えますから。
僕が以前、三重県の四日市にある子どもの本専門店のメリーゴーランドに行ったときのことです。座り読みしている子ども達の様子を眺めていると、気に入った絵本はページを行ったり来たりしながら読んでいるんですよね。
なんであんなことしてるんだろう、と思って観察していると、どうも、子ども達にとっては絵が動いて見えているんじゃないかと思いましてね。絵本の世界に入り込んで読むって、そういうことなんじゃないかと。
だから、落語絵本の文章は絵の邪魔をしないのがいいと僕は思うんです。絵で自由に世界を動かしてもらって、まさかまさかの展開になっていく、というのがおもしろいんじゃないでしょうか。
コージ 絵本は自由な発想で描けるというのが醍醐味ですしね。
文我 「破れ」の楽しさ、というのかな。絵を描く人の視点から、どんな風にしたらおもしろいかヒントをいただいて、文章でちょっと破ってみると、さらに絵でもっとおもしろい破れが生まれて、というのが楽しいんですよね。
コージ ひとつの創造と破壊、ですよね。落語は絵本の原点に近い。文字がないころにさかのぼると、語り部と呼ばれるおじいさんやおばあさんがいて、物語を子ども達に話して聞かせていた。それが絵本の原点なわけですよね。
落語も、耳で聞いてイメージするという同じ要素が多分にありますね。それを紙に絵を描いて絵本にすると、また別の楽しさが生まれる。落語絵本の魅力もそこにあるのかもしれませんね。
〈写真/細川葉子 取材・文/田中明子(本誌)〉
Profile・スズキ コージ
1948年静岡県生まれ、神戸在住。絵本や挿画のほか、イラストレーターとしてポスター・壁画・舞台美術などでも活躍。『エンソくん きしゃにのる』(福音館書店)で小学館絵画賞、『やまのディスコ』(架空社)で絵本にっぽん賞、『おばけドライブ』(ビリケン出版)で講談社出版文化賞を受賞。
Profile・かつら ぶんが
1960年、三重県松阪市生まれ。2代目枝雀に入門し、1995年、4代目桂文我を襲名。定番の落語に加え、古い落語資料から収集した数多くの古いネタも得意とする。子どもを対象とした「おやこ寄席」では、全国の子ども達に落語の楽しさを伝えている。「えほん寄席」シリーズ(小学館)他多数。