安心できる場所から離れて、初めて一歩を踏みだすときのドキドキ、ハラハラ、ワクワクがつまった絵本『こひつじのくびかざり』。
作者のなかの真実さんに、本作ができあがるまでのひきこもごものお話を伺いました。
絵本『こひつじのくびかざり』は、はじめての大冒険!がつまっています
――なかの真実さんの絵といえば「細密画」ですが、本作は印象が少し変わって、やわらかな空気感や体温のぬくもりを感じます。新しいタッチに挑戦されたのでしょうか?
「細密画」ではない、はじめての大冒険!な絵本
そうなのです。
本作を描くにあたり、編集さんから「作品にあう表現であれば、細密画でなくても大丈夫ですよ」と言ってもらえたことが、新しいタッチに挑戦するきっかけとなりました。
こひつじのふわふわや、あたたかさ、かわいさを表現したい。
たくさん描き込むと絵が重くなるので、軽やかにジャンプする元気なこひつじを描くには、細密画は相性が悪そうだ、と思い、ふんわり描ける画風を模索しました。

水彩絵の具はこれまで使っていたものをそのままに、今回は紙と筆を新調。
水含みが良いコットン100%のウォーターフォードという紙で習作を何枚か描いて試行錯誤。「荒目」「中目」「細目」3種類の表面の荒さが違う紙を試してみました。
「細目」は表面が凸凹していないから細かく描けるけれど乾きが早いので広い面のぼかしは難しそうだ、
「荒目」は乾くのが遅いので綺麗にぼかせるけれど、ここぞというこひつじの目や口元などしっかり描き込みたい場所が凸凹のせいで描きづらいかも、
・・・となり、ぼかしが綺麗に出せて描き込みもまぁまぁできる「中目」を最終的に選びました。
筆はこれまで面相筆のような細いものを使用していましたが、水彩用の水含みの良い太めの筆を何本か試しで購入したものを使いました。

羊は、犬や猫のように表情筋が発達していない。表情をどう描く?
こひつじが駆けるシーンは嬉しそう、楽しそうな表情に、迷ってしまった時は不安な気持ちが伝わる表情にして、読者がよりこひつじに感情移入できるようにしたいと思いましたが、困ったことに、羊は犬や猫のように表情筋が発達していないので、顔からは一見喜怒哀楽の感情は分かりません。
そんなとき、マザー牧場に子羊が産まれたニュースを知り、観察に何度か出かけました。

よーく観察していると、顔や耳の角度、目を見開いたり閉じたりするしぐさ、ポーズなど、一瞬を切り取ってみると感情が見える瞬間がありました。そこを見つけて笑っているように見えたり、安心しているように見えたり、不安なシーンではちょっとだけ口角下げてみたりと、不自然にならない程度に表情づくりを工夫しました。
“シスターフッド”という言葉に、ビビビと稲妻が走り物語が誕生
じつは、最初から「こひつじを描こう」「このテーマにしたい」というのがあったわけではなく、本当にゼロからのスタートでした。
ちょうど思い悩んでいる時期で、友人2人から「元気出して!」と、柚木麻子さんの小説『らんたん』をプレゼントしてもらい読んでいたときに、「シスターフッド」という言葉を初めて知りました。女性同士が連帯し助け合い、立ち向かう力をもつという意味なのですが、
そのときの自分がまさに、周りの友人や先輩たちに助けられている状況だったので、「これが・・・シスターフッド!!」と、ビビビと稲妻が走り、力が沸いて、まだ第一部を読み終わってもいないのに、ペンとノートを取り出してアイディアを描き始め、数時間後には物語のプロットができあがってました。
物語が与えてくれる力はすごい・・・と、痛感する出来事でした。

そのときの自分とリンクさせて、
「はじめてのことはいくつになっても難しいし、できるか分からないから怖い。でもきっと大丈夫、自分にはシスターフッドがあるから!」
・・・・・・っと、周りのみんなから勇気をもらい、アイディアや刺激を与えてもらいながら、物語を紡いでいくことができました。
テキストは声に出し、編集さんと交代交代で読み聞かせ
最初に見開きごとに文章をページ割りして、イメージスケッチも添えて編集さんにお送りしました。
今まで文章を書くことを全く学んだことがなかったので、何も分かっていないまま書きたいように書き進めていました。その結果、途中から登場人物の視点がお母さん羊になったり、やぎ三姉妹視点になったりコロコロ変わってしまっていたり。
初歩的な問題で、整合性のある文章が書けていませんでした。
編集さんとの打ち合わせでお互いに読み聞かせしあい、読んでもらう方は文字を追わずに音声と絵がぴったり合うか、違和感を感じたところはどこか、などを話し合い、何度も練り直しました。
こどもが読んで楽しい絵本にするために、「5歳のころのご自分を思い出してください」と何度もアドバイスされていました(笑)。
こどもの頃に読んでいた絵本も読み返しました。
好きな絵本はいろいろありますが、特に一番好きだったのは『ころわんとふわふわ』(作: 間所 ひさこ、絵: 黒井 健/ひさかたチャイルド)です。終盤の小川を飛び越えるシーンはまるで自分もころわんと一緒に小川を飛び越えたような爽快感と達成感を味わえることができて、このシーンを何度も何度も繰り返し読んでいました。
親子で一緒に声に出して読んで楽しい絵本にもしたい、節をつけて好きに歌える一節をいれたいなと思い、「ぴょん りん、ぴょん りん、ぴょん、りりりん」というリズムが頭に鳴ったので、そのまま作中にも取り入れることにしました。
こひつじの鈴の首飾りが暗喩しているもの
こひつじの鈴の首飾りは、愛情のメタファー(暗喩)です。
物理的に首飾りがこひつじを救ってくれるわけではありませんが、子を思ってお守りに託した親の愛は、その子がピンチになった時、勇気を振り絞る原動力になると思っています。
「ーきっと あなたのことを まもってくれるからー」

本作では、ひとりぼっちで迷ってしまったこひつじは、鈴の音と共にお母さんの言葉を思い出して、翌朝も帰り道を探すために、めげずに再び立ち上がって歩き始めます。
そうしたら、やぎの三姉妹と出会うことができました。勇気を出して踏み出せば、新しい出会いがある。
でもその勇気を踏み出すためには、こどもにとっては近しい人からの愛情が大事なのだと、自分の人生を振り返ってそう思います。
絵本を大人がこどもに読むこと、その行為そのものが愛情であり、お守りのようなものなんだと、感じてもらえる絵本にしたいと、強く思うようになりました。
取材で得たことを、どう取捨選択する?
ある程度文章がまとまってきたところで絵コンテに移りました。
最初からページごとに脳内イメージがわいていてト書きにまとめていたので、絵コンテは6回くらいで修正を終えました。

原寸ラフに移る段階で、北海道へ取材に行く機会が得られました。
2025年9月上旬。絵本学会の竹内美紀先生に全面的にご協力いただき、北海道の羊牧場さんで取材をさせていただきました。
毎日羊をお世話している酪農家のみなさんに、羊の種付け、出産誕生から食事、生活までを詳しく聞き取りさせていただいたことで、私たちが知っている羊とファンタジーを繋ぐ絵づくりができたと思っています。
例えば、今回のモデルとなったこひつじの年齢は、誕生して2ヶ月前後くらいの子と想定しています。離乳時期が2ヶ月から3ヶ月ということで、ちょうどその頃に放牧しはじめて草を食べるようになると教えてもらいました。
そして人間社会に置きかえて考えてもみました。
生まれてからずっと家族と親密な時間を過ごした5歳くらいの子は、まもなく小学校にあがり親御さんと離れて、一人で通学したり、友だちと過ごすようになります。そんな5歳くらいのこどもたちと、離乳するかしないかの2ヶ月くらいのこひつじが重なって感じられました。
親元を離れることはこどもたちにとって大冒険、怖いことも困ることもあるだろうけど、助けてくれる友だちときっと出会えるよ、と、今作の物語に繋がる主人公のこひつじ像が、取材を経てより明確に浮かび上がってきました。
取材しなかったら、かわいそうな羊を描いてしまうところだった
景観について、北海道では5月の連休くらいに春の季節が始まり、5月末頃が春満開となり、これをスプリング・フラッシュと言うそうです。ちょうど離乳するかしないかの子羊を放牧しはじめる季節は5月だと教えてもらい、その時期のお話となっています。
広大な牧場の草原、取材する前は春にはいろんなお花がたくさん咲くのかなと思っていたら、牧場では主にホソムギ、カモガヤ、クローバーの3種類の牧草を植えて羊たちに食べさせているそうです。鳥や風に乗って種が飛んでくるので、もちろんそれ以外の植物も生えていますが、あんまり多いと羊たちの体に良くないので、草刈りや伐採したりなど管理をしているそうです。

もし綺麗だからとお花畑のような絵面にしてしまったら、管理されてないかわいそうな牧場の羊たちに見えてしまう・・・と思い、絵本の草原シーンではホソムギ、カモガヤ、クローバー以外の草は描いていません。
草原から出て森に迷いこんでしまうシーンでは、実際に牧場周辺の林で見かけたオオイタドリ、ササ(恐らくクマイザサか?)、フキ、シラカバ、ミズナラ、カラマツなどを描いています。

見えるものを描かない、見えないものを描く、という作画に挑戦
世界には家畜の羊の元となった野生の羊は存在しますが、ほとんどが家畜化された羊です。野良羊というのは日本にはたぶん存在しないと思います。モデルとなったコリデールという種も、もちろん家畜化された羊です。
ですので、当初の構成ラフでは、畜舎や牧場の柵を描いて「飼われている羊」なのだと感じ取れる絵にしていました。
しかし、「この絵本では人間の存在を匂わせると、こひつじとお母さんとの親子の絆、やぎ三姉妹との出会いや友情が薄らいで感じてしまうかもしれないから、畜舎や柵は描かない方がいいのでは?」と編集さんから提案がありました。取材を終えた自分の脳内がリアルな羊情報満載の状態だったので、あれもこれも見たもの知ったものを入れ込みたくなっていたことに気がつきました。
絵は描き過ぎてしまうと、どこに注目して見てほしいかが伝わらず、見る人にとってはピントの合わない分かりづらい絵になってしまいます。今回の物語では羊の親子、そして似て非なる種族のやぎとの関係性をしっかり描きたい、そう思うと、なるほど、人間の存在を匂わせることは情報のノイズだと思い、削除する流れになりました。
そうして文章と共に絵も削っていき、言い回しを変え、よどみなくスッと読める物語になるよう磨いていきました。
作画では、どうしたらこのこひつじの気持ちにリンクする絵になるか・・・現実には見えない感情を色で表現することに今回は挑戦しています。
そこにあるはずだけどあえて描かないこと、実際には見えないはずだけどそう感じる色で着彩すること、などして、作画を進めていきました。

デザイナーさんや印刷所との、初めてのチームワーク
今作では、作画に入る前の段階で装丁デザイナーの藤井瑶さんと打ち合わせをすることができ、絵づくりに大きな影響を与えていただきました。
今までとタッチを変えるので、作画に入る前に習作を描いて打ち合わせに臨んだのですが、自分が表紙絵案として出した絵ではなく、別の絵の方が表紙に合っているのでは、とご提案をいただきました。
「この絵を表紙に!?」と意外だったのですが、新しいことをなんでもやってみよう精神になっていたので、抵抗なくこの絵にします!と決めました。

背景を白にするか、色を入れるかも悩みましたが、編集さんから「表紙にも温かみを感じる乳(にゅう)の色が香ると、絵がもっと良くなると思います」と提案いただき、「ようし!」と気合を入れて表紙絵を描きました。
自分にはない発想を選択することで、今まで自分が作ったことのないものが作れるかもというワクワクを感じて、羊の親子を表紙絵に描こう!となりました。
結果、この物語を象徴する印象的な羊の親子の表紙絵ができたと思っています。
今回、初めて印刷立会に行き、実際に製品となる直前の確認を一緒にさせてもらいました。
自分が絵に対してむにゃむにゃと言語化できないことをデザイナーさんが汲み取ってくださり、言葉でプリンティングディレクターさんに伝える、更にそこからプリンティングディレクターさんが意図を読み解き、細かい印刷指示を伝えていくという工程は、専門家たちによる華麗なチームプレイでした。
絵本の表紙には作家名と出版社の名前が掲載されていますが、舞台裏にはこれだけの人たちの熟練の技と思いが詰まった一冊なのだと、改めて絵本てすごいんだ!と、心から思うことができました。
多くの人の思いをのせた『こひつじのくびかざり』、こどもさんにも大人の方にも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
プロフィール / なかの真実
1984年、神奈川県生まれ。画家・イラストレーター。武蔵野美術大学卒業。デザイン事務所勤務を経てフリーに。『みどりのがけのふるいいえ』(世界文化社)で絵本作家デビュー。画家・絵本作家の舘野鴻氏のもとで絵を学ぶ。『ねことことり』(作・たてのひろし/世界文化社)で日本絵本賞を受賞、続編に『あおいことり』(同左)がある。
なかの真実さん 原画展&トークイベント情報
【なかの真実 星と緑の原画展】
新作絵本『こひつじのくびかざり』を含む4作品の原画を展示します。
日時:6月25日(木)〜7月12日(日)
場所:お茶が飲める絵本の店 TEAL GREEN in Seed Village
東京都大田区千鳥2-30-1 TEL 03-5482-7871
<なかの真実 ギャラリートーク & サイン会>
7月5日(日) トーク 14:00〜15:30|サイン会 15:30〜
◆定員 20名(要予約) mail: teal-green@kmf.biglobe.ne.jp
◆参加費 1,000円
◆15:30からのサイン会は、どなたでも参加できます。
【なかの真実 ライブペイント&トークイベント】
ふわふわ、もこもこのこひつじは、どのように描いているのでしょうか?
『こひつじのくびかざり』ミニ原画のライブペイントの模様を目の前で見ることができる貴重な機会です。
また、デザイナーの藤井瑶さんもかけつけ、知れば知るほど面白くなる絵本作りの裏話を一緒にお話しします。
日時:8月8日(土)14:00~15:30
東京都千代田区神田神保町2-5 北沢ビル2F TEL 03-6261-6177
参加方法:要予約。オンライン配信もあり。
参加費:①イベント参加費のみ 1500円
②絵本『こひつじのくびかざり』+イベント参加費のセット 3000円
イベントHP (https://bookhousecafe.jp/event/content/2406)より、お申し込みください。
