ぴっかぴか絵本シリーズ『さいごのひみつ』(3月30日発売)は、読んだあとに、身のまわりの景色がちょっと違って見えてくるお話です。
作者のいとうひろしさんに、その創作の秘密を伺いました。
ぴっかぴか絵本シリーズ
『さいごのひみつ』
いとうひろし:作
小学館・刊
■ぼんやりしているときにお話が向こうからやってくる
僕は、ぼーっといろんなことを考えている時間が好きなんです。
たとえば、水道の蛇口をひねったら水じゃない何かが出てくるかも…といった風に。絵本の創作も、そんなときにお話が向こうからやってくる感じで、『さいごのひみつ』もそうでした。
人が見たら無駄そうな時間が、僕にはとても創造的で大事。そういう時間に自分を置いておくのがいちばん楽しいんです。
絵本を描くときは、対象年齢はほとんど考えないですね。それよりも自分が不思議に思ったり、おもしろいと感じたことを描きたい。それを、今回なら小学1年生がわかる形で伝えるにはどうすればいいかと考える。
大人の本というのは、ある知識や経験がないと読みこなせないものですよね。僕も本屋さんで棚を眺めていると、「お前には読めないよ」と言ってくる本があったりするので(笑)。
逆に、読者を選ばないのが子どもの本だと僕は思います。“子ども”という読者を徹底的に意識することで、つまりは幅広い人に向けた本になるのかなと。
そのためには、小さな子がストーリーだけを追っても、しっかり楽しめるものをつくるのがまず大前提。そこからさらに、読み方次第で見える世界が違ってくるような絵本をつくりたい、と思っています。
『さいごのひみつ』も、ミリ君が「本当に宇宙人だった」と信じるのと、「ただのホラ吹きかも」と思って読むのではまったく違う世界が見えてきます。ミリ君が宇宙に帰っていくシーンを見て、友達や好きな人と別れたときの切なさ、寂しさを思い出す人もいるでしょうし。
そうやって読み手の興味や求めに応じて、再構築できる仕掛けをちりばめておくんです。絵本って素材なんですよね。読む人の想像力が入り込むところをいっぱいつくっておいて、読んだ人に自由に世界を広げていってもらえればいいんです。
■とことん妄想することで自分や社会がわかるんです
僕自身の子ども時代を振り返ると、いろいろなことが不思議で仕方なかったですよね。
いちばんの疑問は「なぜ自分はここにいるのか」ということ。友達にたずねても「お父さんとお母さんが結婚したからだ」と言われ、「そういうことが知りたいわけじゃないのになあ」と思ったり(苦笑)。
妄想するのも好きでした。相手にしてくれない子もいたけれど、漫才の掛け合いみたいにウソかホントかわからない話ができる友達もいて。近所に空き地とかミステリーゾーンもいっぱいあって、ミリ君がこっそり教えてくれる秘密ではないけれど、子どもの間での都市伝説もありました。
あと、夜がすごく怖かった。「明けない夜はない」というけれど、その根拠はどこにあるのかと。もし明けなかったら…と想像すると不安で。
でも、それでいろいろ考えるうちに、大抵のことが「別に大丈夫だ」と思えてくるんです。夜が明けなくても、どうにか生きていけるはずだ、と。
生きていると自分の中で整理できないことはいっぱいあるわけです。でも、それを考えるだけでも全然違う。嫌いな友達がいて「この世からいなくなってほしい」と妄想したっていいと僕は思います。
そうやって悩んでとことん考える間に、知りたくない部分も含めて自分のことがわかるはずなので。むしろ妄想するトレーニングが子ども時代にちゃんとできていないほうが怖くて、大人になって極端な行動に出てしまう気がしますね。
今は何でも早くできるのがよくて、子ども達もすぐに答えを出すことを求められますよね。でも答えが出ないことはたくさんあるし、おかげで世界はおもしろいとも言える。
だからこそ、子ども達には疑問に感じたことを大切にして考えていってほしい。
目に見えないものの裏をもっと想像してほしい。
それが、たとえば友達が転んだときに痛みを心で感じられる感性につながっていくと僕は思うんですね。
(取材・文/宇田香苗)
Profile・いとう ひろし
1957年東京都生まれ。早稲田大学教育学部在学中より絵本の創作を始め、1987年『みんながおしゃべりはじめるぞ』でデビュー。代表作に「ルラルさん」や「おさる」シリーズ、『だいじょうぶ だいじょうぶ』など。国際アンデルセン賞国内賞、講談社出版文化絵本賞など受賞多数。