絵本『アリのたんけん』(2016年6月30日発売)は、まるで自分がアリになったかのような視点を味わえる写真絵本。
昆虫写真家・栗林慧さんの自然への愛情と、撮影の工夫を伺ってきました。
ぴっかぴか絵本シリーズ
『アリのたんけん』
栗林慧:写真
小学館・刊
■自然のなかで遊びまわった子ども時代
今、長崎県の平戸に住んでいるんですが、ここは僕が3歳から小学校4年生まで育ったところなんです。
小学校から家までは、野越え山越えで4㎞ほど。普通に歩くと1時間ぐらいですが、僕は帰るまでに3~4時間かかってました。
道草食って遊びまわっていたんです。
そうやって自然のなかでいろいろ発見したり経験したりするうち、昆虫のふしぎに触れたんです。
ある日、虫好きな子がカラタチの藪にしゃがんで何かを棒でつついてる。見ると糸で枝にひっかかっていて、ときどき動いている。
それは、アゲハのさなぎだったんですね。でもそのときは、何だかわからなかった。それでしばらくしてまた通りかかったら、それが抜け殻になっていて、そばに大きなチョウがとまっていたんです。
子ども心に「ここから抜け出したんだ!」ってわかって、昆虫というのはふしぎな生き物だ、と思ったのを覚えています。
それからはとにかく虫を追っかけまわしてました。親には「虫ばっかり追いかけてないで勉強しろ」って言われましたけどね(笑)。
■誰も撮っていないアリの写真を撮りたくて、カメラを開発
僕は虫をおもしろいと思うけど、世の中には虫が嫌いな人が圧倒的に多いんですね。
でもなんとか興味を持ってもらいたい。そんな写真を撮りたいと思っています。
最初に本格的に撮ったのはアリです。アリというのは、とても社会的な生き物で、人間と同じように家族を構成しているんです。
『ファーブル昆虫記』をはじめ、世界中の自然観察をする人達が「アリはおもしろい」って文章では書いているのに、アリを撮っているカメラマンは誰もいなかった。そこで、アリを撮れるカメラを開発したんです。
世の中になかったから自分でつくりました。 その後も、虫を撮るためのカメラを開発し続けて、今あるのが「アリの目カメラ」です。
レンズを特注したり自分で工作したりして、20年ぐらいかけて完成させました。
カメラって普通は、近くの小さいものを撮ると背景はピントがボケちゃうんですが、このカメラは虫も背景もボケないんです。
今回の絵本の写真も、多くはこのカメラで撮ったものです。本当に自分がアリになったような気分を味わえるでしょう?
■命あるものに興味を持つことによって感情も豊かになる
昆虫は言うことを聞いてくれないから、昆虫の動きに合わせて、カメラのほうを動かさないといけないことが多いです。
でもずっと昆虫を見てきたから、「このバッタはもうすぐ跳ぶぞ」とか見当がつくんです。
それに今いる平戸に住んで30年以上になるので、どの季節にどこに行けばどんな昆虫がいるのかもわかっている。だから撮影はスムーズですよ。
今回の絵本を観て、お子さんが昆虫に興味を持ったら、お母さん方はどうか「虫なんて気持ち悪い」とか言わないで、やさしく見守ってあげてください。
命あるものに興味を持つこと、そういったものに触れる経験は大事だと思います。それによって感情も豊かになると思いますよ。
▲撮影に使われたアリの目カメラは、医療用の内視鏡を改造したもの。先端の直径は約1cmと極小なので、近づいても虫が逃げない。
(写真/林紘輝 取材・文/仲瀬葉子)
Profile•くりばやし さとし
1939年、中国大陸生まれ。中学生の頃から写真に興味を持ち、カメラを自作。1969年より生物生態写真家として本格的に活動を開始する。独創的なカメラと撮影システムで、さまざまな昆虫や自然の斬新な写真や動画を発表してきた。2006年には〝科学写真のノーベル賞〟と呼ばれる「レナート・ニルソン賞」を受賞。他受賞多数。