新緑の薫る、ゆったりとした自然がなんとも魅力的な『ざしきわらしのおとちゃん』(大好評発売中!)。
作者・飯野和好さんに、作品のモデルにもなった生まれ故郷の秩父で、お話を伺いました。
ぴっかぴか絵本シリーズ
『ざしきわらしのおとちゃん』
飯野和好:作
小学館・刊
■歩いて小1時間の通学路。道草で出合うおもしろきもの
数年前の夏、岐阜の下呂温泉の下流にある村に、絵本の講演会に呼ばれたことがありまして。小さな駅に降りて、飛驒川のそばの道を歩いて行くと、子ども達のはしゃぐ声が聞こえてきましてね。
見てみると、子ども達が川に飛び込んだり、泳いだり、川遊びしているんですよ。
あぁ~、僕の子どもの頃とおんなじだ! まだ、こういう光景が残っているんだ、と、嬉しく思ったのを覚えています。
僕が生まれ育ったのは、埼玉県の秩父の山里です。荒川の源流・長とろの近くで、奥秩父から流れ出る豊富な水が、大きな岩を削り出してできた美しい渓谷がありました。小学校までは、徒歩通学。行きはまっすぐ30~40分だけど、帰りは1時間かかっちゃうの。
川沿いを歩いて、橋を渡り、田畑を抜けて、山道を登る。植物も、虫も、動物も、全部が遊び相手で、道草食ってばっかりいたからね(笑)。
空想好きで、チャンバラも憧れていたから、山道で丁度良い太さの枝を見つけると、刀に見立てて振り回し、「とぅ!」「やぁ!」「うわぁ、やられた!」「バタン!」と一人芝居。
一度、我ながら迫真の演技をして山道に倒れたら、山の上から「わっはっは!」と大きな笑い声が聞こえてきたことがあって。人が入らないような林の中だったので、びっくりしたのと、怖かったのとで、慌てて家に帰ったんだけど、あれは、天狗だったのかなーと思うんだよね(笑)。
その記憶が大人になっても強くあって、『ハのハの小天狗』という絵本になったんです。
■段々畑に囲まれた半酪半農の豊かな暮らし
今回の『ざしきわらしのおとちゃん』も、僕が生まれ育った家やその環境がモデルになっています。
僕の生家は山の上にあって、半酪半農の暮らしをしていました。いろいろな農作物を育てている段々畑に囲まれ、家には牛、豚、鶏、羊がいて。家畜と肥料の匂いがいつも顔の周りにまとわりついているようで、くさかったよ(笑)。
でも、山から谷に抜ける風が吹くと、とても気持ちよくて清々しいんです。風通しのいい家で、家も呼吸してやわらかくなっているような感じがありました。
山神様や氏神様、八百万の神様の気配もそこここにあって、人間も動物も植物も土も家も、みんな生きていて、共鳴して、居心地のいい空気をつくっていたんだと思うのです。
今の時代を生きる子ども達に、絵本を通して少しでも伝わったらいいなと思うのは、日本には豊かで美しい自然と暮らしがあったんだ、ということ。
そして、まだ今でも、目を向けて足を運べば生命の息吹を感じられるところがたくさんある、ということです。
今も昔も、子どもの好奇心は変わらないもの。ネットで知った知識はすぐに忘れてしまうかもしれないけれど、土に触れて、匂いをかいで、自然のなかで体感した記憶は忘れがたい。
今はなかなかそういう体験はできないけれど、絵本をきっかけにして、少しずつでも知ってもらえたら嬉しく思います。
〈取材・文/田中明子(本誌)〉
Profile・いいの かずよし
絵本作家、童話の挿絵などで活躍。浪曲絵本『ねぎぼうずのあさたろう その1』で小学館児童出版文化賞、『小さなスズナ姫』シリーズで赤い鳥さし絵賞受賞、『みずくみに』で日本絵本賞受賞。他、著書多数。