すべての人に伝えたい。真の強さとやさしさとは【作家インタビュー】夢枕獏

写真提供:夢枕獏事務所

夢枕獏さんによる神話のような幻想世界が、飯野和好さんの力強い絵によって表現された『ぐん太』がこの度発売となりました。

―誰にも持ち上げられない「夜なき石」。少年・ぐん太は、「ならば、このおらが」と、石を動かすことを決意します。誰よりも強くなろうと修行を重ねたぐん太ですが、どうしても石は動きません。

石を動かせないまま月日は流れ、ぐん太はひとりぼっちになってしまいます。うずくまってひとり石を眺めていたぐん太が涙を流したそのとき、世界はぐぐっと動き出すのです。

真の強さとは何か。やさしさとは何か。長年、ぐん太の世界をイメージし続けていたという夢枕獏さんに物語が生まれるまでの話をうかがいました。

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『ぐん太』
文/夢枕獏  絵/飯野和好
2021年3月1日発売・小学館刊

■夜なき石に出会ったのは高校生のころ

『ぐん太』は、夜なき石をモチーフにした物語です。夜なき石と呼ばれる石は、実は全国各地にあるのですが、僕が高校時代を過ごした丹沢(神奈川県足柄上郡)にもありました。高校時代、先輩にその石のことを教えてもらって以来、いつか夜なき石をテーマに小説を書きたいと思ってきました。

実際に『ぐん太』を書いたのは今からちょうど10年前。東日本大震災が起こった2011年のことです。ずっと心の中にあったぐん太を形にしてみようと手が動いたのは、やはり何かの影響を受けたのかもしれません。当時、僕の新聞連載に挿絵を書いてくれていたのが飯野和好さんで、飯野さんに「ぐん太」を描いて欲しいなあと思って原稿を預け、気がつけば10年経っていました。

力強い表情のぐん太。

■今、形になったのは必然かもしれない

10年間寝かせておいたものが、今かたちになったのは運命のようなものかもしれません。僕自身は「書きたい」と思ったものを書いているだけなので、社会情勢に作品を当てはめて書くということはしていません。けれど、津波によって動き出したぐん太が、新型コロナウイルスという脅威に喘ぐ今かたちになったことには、不思議な気持ちがします。ある意味必然であったのかとも思います。

僕は作品を作るとき、神に捧げる供物として書いているところがあるので、この物語も見えない力によって導かれたことなのかもしれません。

■強さは、悲しみと年月によって得られるもの

ぐん太は、強くなろうと努力を重ねます。それはすばらしいことなのですが、生きるということは、努力や自分の力ではどうにもならないことと向き合い続けることでもあります。子どものころであれば、大人だったり、社会のルールだったりするでしょうし、大人になれば、人の心だったり、病だったり、死だったり…。今、世界を苦しめている新しい感染症もそのひとつです。そういったとき世界にたちあらわれてくるのはぐん太のような存在だと思うのです。書いている時は、そういう意識はないのですが、書き上がってみたら、そういうものになっていたということです。

長い長い歴史の中にはポツンポツンと、命をかけて人のために生きた人が登場します。それは、宗教家であったり、科学者であったり、哲学者であったり、さまざまですが、ぐん太はその象徴ですね。

作中で「ぐん太」は年老いていきます。悲しみを知ること、人にはどんなに努力してもとどかないものがあることを知ること、自分の限界を知ること。そんなものを経ていかないと「人のために生きよう」という気持ちは出てこないんじゃないでしょうか。そんな思いも「ぐん太」には自然に出てしまいました。

■手足を思いっきり動かして、やりたいことをやればいい

このぐん太の物語で、僕は「強くなろう」とか「やさしくあれ」というように、子どもたちに教訓めいたことを示したいなどということは全く考えていません。単純におもしろく読んでくれたらいいし、ぐん太をかっこいいなあと思ってくれたら、なおうれしい。

たとえば、ぐん太が巨人たちを投げ飛ばすシーンなんかは、飯野さんの絵の世界がすばらしい。本当にぐん太の力こぶが「むりむりむり むりむりむり」と音を立てているかのようです。そんなことを感じながら、物語の世界を楽しんでほしいと思います。

僕自身は、大学生の時に出会った『八郎』(福音館書店)という絵本がとても心に残っているのですが、僕にとっての『八郎』のように、この『ぐん太』が子どもたちの心のどこかに残っていて、時々チラッと顔を出してくれるとうれしいですね。

子どもたちには、ちょっとくらい親が困った顔をしても、どんどんやりたいことをやってほしいと思います。手足を思いっきり動かして、声を上げて笑って、泣いて。「何のために」などということは考えなくていい。ただ、やりたいことをやればいいのです。それらは、かならず、生きる力になっていくはずですから。

『ぐん太』あらすじ

夜な夜な泣き声をあげる「夜なき石」。その石のせいで土地は痩せ、草木はおろか、動物も寄り付きません。これまで何人もが持ち上げようとしては持ち上げられなかったその石を動かそうと立ち上がるのが、ぐん太です。

ぐん太は、毎日毎日、力持ちになるべく修行をしますが、それでも石は持ち上がりません。そうしているうちに月日は流れ、ぐん太は歳をとってひとりぼっちになってしまいます。

石を持ち上げられないまま、ひとりぼっちになってしまったぐん太は、ある日、うずくまってじっと石を眺めます。どうしようもない気持ちがぐん太の心を突き上げ、涙が流れたそのとき… 。

(取材・文/清塚あきこ<京都メディアライン>)

Profile・夢枕 獏(ゆめまくらばく)

小説家・エッセイスト。1951年、小田原生まれ。東海大学卒業。『上弦の月を喰べる獅子』で第10回日本SF大賞、『神々の山嶺』で第11回柴田錬三郎賞、『大江戸釣客伝』で第39回泉鏡花文学賞、第5回舟橋聖一文学賞、第46回吉川英治文学賞を受賞。著書に「キマイラ」シリーズ、「陰陽師」シリーズ、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』『秘帖・源氏物語 翁―OKINA』『魔獣狩り』『餓狼伝』『獅子の門』『大帝の剣』『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』など多数。2016年に『ちいさなおおきなき』(絵・山村浩治)で小学館児童出版文化賞を受賞。2017年に第65回菊池寛賞、第21回日本ミステリー文学大賞を受賞。18年には紫綬褒章を受章。

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